1964年札幌生まれ。札幌在住。北海道の本流のフライによるニジマスの釣りをメインとした釣行記。


by POLAR BEAR

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No.3 清流

もうこの釣りを始めて2シーズンが経つというのに、今朝も夜明け前から3時間以上竿を振り続け結局海アメマスとやらの顔を見ることができなかった。

眠い目をこすりながら、瀬棚の三本杉海岸を見渡せる場所にある駐車スペースに停めてある車に戻り、さて何処に行こうかと道路地図をパラパラと捲っていた。

吹込漁港、美谷漁港、須築漁港などの様子を見てから、もう一度島牧に戻ろうか、それとも一層のこと太櫓、鷹巣などもっと南へ行こうか、どれも良いアイデアのようにも思えるが、やはり何処行っても駄目だろうという気持ちが支配的だった。

頭の芯まで冷え切っていた体が、フルパワーの送風機の噴出し口から出る暖気に融かされるのとは逆に、虚ろな目は眠気で固まり始めていた。

夢見心地のボーっとした頭でそんな事を考えながら、ふと地図の「ある文字」に目が留まった。

「清流日本一の利別川」。

そうだ、海が駄目なら川があるじゃないか。せっかくここまで来ているんだから試してみない手はない。

急に目が冴えてきた私は、地図にある色々な川を河口から指でなぞっては、ここは川の蛇行は良さそうだとか、支流が合流していて道路から歩けそうだとか、堰堤がある、ダムがあるなどとポイントを想像しては、何だか楽しくなってきたのだった。

幾つか有望な川はあったが、最初に見つけた「清流日本一」という言葉が脳裏に焼きついていた。

気が付けば瀬棚町を抜け北桧山町へと車を走らせているのであった。

1994年12月20日午前9時。


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by nijimasuo | 2007-05-11 21:26 | アメマス
3時半になったら車を出ようとじっと時計とにらっめこしていた。

というよりは、街灯も何もない波が洗う音だけ聞こえる漆黒の海岸に一人で降り立つには少し勇気が足りなかったというのが正直なところだった。

外気はどんな感じかウインドーを半分開けるや、生温かい潮の香りとともに、真っ暗な中空から親指の先程の蛾がルームライト目掛け飛び込んで来た。

蝶は大丈夫であるが、蛾が苦手な私は、パタパタ騒ぐ蛾から逃れるように思い切ってドアを空け、そそくさと釣りの準備を始めた。

10メートルくらいの幅で国道脇に生い茂るイタドリの、釣り人が作ったであろうトンネルをキャップライトを頼りに抜ける途中、蜘蛛の巣が顔にまとわり付き「ウァーッ」と低く呟きながら、やっとこさ小さな川の河口に立った。

白夜と言われるその空が僅かではあるが雲と水平線の光と影を演出し始めた。

車を停めている場所をふと振り返り、見上げると、スーッと白い軽乗用車が止まった。

釣り人が来た。

振出しのルアー・ロッドを伸ばし、左ポケットのプラスティックケースから蛍光オレンジに黒のドットの入ったカラフトマス用のルアーを摘まみ出しラインに結んだ。

準備OK。

作業服に胴長を履いただけの至って軽装の50歳くらいの小父さんが「お早うございます」とだけ言って小さな川を挟んで7~8メートルくらいのところにある一抱えくらいの大きさのゴロタの岩にドサっと腰掛けた。

隣を意識するでもなく、ただ波の音を聞きながら明るくなるのを待っていた。

隣の小父さんが黒縁メガネをかけていることが分かった頃、ルアーをキャストし始めた。
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河口を跨ぐように7~80メートル、キャストしては、ロッド・ティップを煽ってアクションを付けリーリングを繰り返した。

すっかり日が昇り、セミがジィージィー鳴き始めた。

小父さんは時々エサは替えるものの、じっと波間に揺らめく何時沈むとも知れないオレンジの立ちウキを見つめていた。

ほとんど寝ずに車を運転してきた私は、気温の上昇とともにTシャツがぐっしょり濡れる程汗をかいているのを気にも留めず、ただ、ただ、ただ、無心にキャストを繰り返していた。

釣り始めて3時間くらい経った頃、小父さんは銀紙に包んであるオニギリを頬張り始めた。

お腹が空いた。

ちょうどその時、一際大きな岩に立ってキャストしていた私の偏光グラス越しに、ルアーを追いかける2尾の鱒の姿がハッキリ見えた。

残念ながら彼らは、私のルアーを咥える事無く、波打ち際2~3メートルでゆらゆらと引き返して行った。

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鱒がいる事を確認した私は一層気合いを入れ遠投を繰り返した。

それから更に2時間。

ジリジリ照り付ける太陽がやや真上に来た頃、「やっぱり駄目かぁ」とふーぅうと大きな溜息を付いて振り返った。

どっしりと岩に腰掛けたままの小父さんが「どうだい、もう満足したかい?」と5~6時間も一心不乱に竿を振っていた私に話しかけてきた。

私は、全てを見透かされたような、何かとっても恥ずかしい気持ちになった事を今でもはっきり覚えている。

それから小父さんと、鱒がいつもどちらから回遊してくるかとか、数年前に1時間に20尾を釣り上げた話しや、斜里の坂本ホーマーの釣道具屋の話しとか、小1時間話し込んだのだった。

結局二人とも何も釣れなかった。

あれから16年が経ち、カラフトマス釣りは知床の夏の風物詩としてすっかり定着し、当時小父さんと私と二人っきりだった河口は、お祭り騒ぎの様相である。

でも小父さんは、また今年も同じ岩に腰掛けてオホーツク海を眺めていることであろう。

あの暑い夏の日を、引き返して行った鱒を忘れない。

1991年8月10日。
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by nijimasuo | 2007-05-10 14:01 | カラフトマス

No.1 連休明けの朝

庭のチューリップが穏やかな春の朝日を待ちわびていたように赤や黄のつぼみを一斉に開花させた。

こんな気持ちの良い朝は仕事など放ったらかして、どうしても釣りに出かけたくなる。

きっと美笛の河口は、流れに押し流されそうになりながら必死に川筋にそって岩盤に張り付くように泳ぐたくさんのウグイと、その群れとは少し離れ、酸素を十分に溶解させた雪解けの流芯の僅か下層で、流下してくる小昆虫を捕らえようと待ち構えるニジマスが、あのピンクや銀白や濃緑や淡紫や黒や赤や紺碧や、まるで高価な絹の着物のような七色の眩い鱗の衣を纏って、楽しそうに悠々と泳いでいるに違いないなどと、ふと物思いに耽りながらパソコンの画面を見つめては溜息をつくのである。

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釣り人は、釣りをしながら、フライを巻きながら、仕事をしながら、あの溯上に備えたシロザケの背びれで埋まる河口を、運転席に差し込む光の屈折に右手を翳しながら、音楽を聴きながら、川のせせらぎや静寂の湖のことを、夜更けに釣り雑誌を眺めながら、市街地の橋を渡りながら、唇とウィスキーグラスの間で、波立つワンドの乱反射を、時にふとした瞬間に、何時だって釣りの物思いに耽るのである。

そうした耽った物思いについて、時にその物思いが実現した事について、取り留めも無く書き記すことにした。
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by nijimasuo | 2007-05-09 17:29 | その他